窒素酔い

 窒素など不活性ガス(注1)には麻酔作用があり、分圧が高くなる(深く潜る)ほど麻酔作用も増します。空気の80%は窒素ですから、ダイバーは窒素による麻酔作用(注2)も考慮しなければなりません。ダイビングにおける窒素の麻酔作用を窒素酔いといいます。

 窒素酔いは個人差があって、何メートルで起こるかははっきりいえませんが、水深25m〜30m(窒素分圧2432mmHg)前後から現われると思っていた方がいいでしょう。

 窒素酔いは、困ったことに、気持ちよくお酒に酔ったようになることです。いわゆるハイになり、笑ったり、自分が水中にいることさえ忘れ馬鹿げたことをしたり、自己を制御できなくなります。本人は気持ちのいい世界にいるのですから、自分でそこを抜けようとはしません。これは危ない状態です。そこでバディが補助しなければなりません。窒素酔いに罹っている者にからまれないように、例えば後ろから、罹っている者のバルブなどを持ってゆっくり浮上させます。すると嘘のように窒素酔いが消えます。窒素酔いは、窒素分圧が高くなることによって起きますから、窒素分圧を下げることによっておさまります。つまり浅いところに戻ればおさまります。

 この観点からも、ダイビングはバディで、ということが重要です。お互いに相手を気づかい、窒素酔いに罹ってないだろうか監視しながら行動します。窒素酔いが現われない深度でも、窒素は思考力を低下させ簡単な計算すらスムーズにできなくします。水中でのコミニュケーションは合図(手信号)によりますから、相手の合図の遅れなどに気が付いたら一応窒素酔いと疑い、それよりも深く潜らず浅い深度に引き返すことが大切です。

 ダイビングの経験を積むことによって窒素にも慣れてきます。身体に窒素に対する抵抗力(耐性)がそなわってきます。海洋実習も終わりスクーバダイバーやオープンウオーターダイバーのCカードを取れたとしても、子鯨時代はインストラクター・ガイド・上級者と潜り、深さもじょじょ経験することが大切で、いきなり大深度というのは無謀です。

 体調が悪かったり、水温が低かったりすると窒素酔いに罹りやすくなります。特に、二酸化炭素の体内蓄積は、窒素酔いを起こす大きな原因です。二酸化炭素は代謝によっていやがおうにもできてくるので、呼吸死腔に滞留しないよう換気のいい呼吸をすることです。スノーケルの呼吸を思い出してください。速く浅い呼吸でなく、ゆっくり深い呼吸で二酸化炭素を追い出してください。

(注1)

溶解度の大きい不活性ガスほど麻酔作用があります。窒素酔いを防ぐのに、深海潜水では窒素の代わりにヘリウムが使用されます。ヘリウムは非常に高価で、熱伝導率が窒素の6倍も大きく寒さ対策も必要になるので、一般的なスクーバダイビングには不向きです。

(注2)

窒素の麻酔作用は、笑気ガス(亜酸化窒素・N2O)が手術時の麻酔に利用されています。

 

【ざつがく事典】

 もう30年も前のことですが、窒素酔い体験をしようということで仲間数名で、東京医科歯科大学の高圧室(再圧室・チャンバー)に入れてもらったことがあります。簡単な加減乗除の問題を手に入りました。水深20メートルあたりから、仲間は笑い出しました。このときは30mまで行ったのですが、問題をやらなければいけないという意識はあるのでしようが、なかなか手につかず終わってみれば惨憺たる正解率でした。本当に笑いこけるのです。こんなことが水中で起きたら、呼吸どころでなく、すぐ溺れてしまうなと思ったものです。特に女性の笑い声がすごかったです。

 フランス人かどうかわかりませんが、この状況をマティーニの法則と悠長な表現をしました。15m潜るごとに一杯のマティーニを飲んだとということです。いやはや向こうの人はたいしたものです。
 そうなると、酒に強い人は窒素酔いに強いという方程式が成り立ちそうですが、あまり信用しない方がいいと思います。