[1について]
左図は、酸素と二酸化炭素の分圧が代謝によって変わっていく様子を表したものです。
二酸化炭素に順応することによって、息を止めていられる時間を伸ばすことができます。でも、無限に伸ばすことはできません。肺胞気の二酸化炭素分圧が60mmHg(注3)(気中濃度として7%)くらいが限界のようです。
この限界にくると、重い二酸化炭素中毒を起こします。前に、スキンダイビングでは二酸化炭素中毒にはかかりにくいといいましたが、その理由は、二酸化炭素は、たいへん水に溶けやすい性質なので、体内で作られた二酸化炭素は血液に溶けこみ、肺胞気の二酸化炭素分圧はここまで上昇しにくいのです。たいていの人は、そこまで息を止めていることは、苦しくてできないので水面に戻ります。
それでも、我慢に我慢を重ねて息を止めていたとします。肺の酸素はどんどん無くなりますから、酸素欠乏へと自ら向っているわけです。
無理な息こらえは、絶対に禁物です。
苦しさを我慢して、それを通り越すと、人体は死の苦しさを和らげるために、エンドルフィンという物質が分泌されるといいます。この物質は、怪我をしたり、ストレスがかかったりしたときに人体が作り出す鎮痛鎮静剤でモルヒネに近い恍惚感があるといいます(注4)。
[2について]
息を長く止めているには、二酸化炭素に順応してゆく以外にも方法があります。自発的に息をしたいという呼吸中枢からの指令を遅らせばいいのです。何回も深呼吸をすると、今からだに持っている二酸化炭素を追い出すことができます。
[1]は、二酸化炭素に順応して、息をしたいという欲求の上限を開拓することでしたが、これは、体内の二酸化炭素を追い出して、潜りはじめるときの二酸化炭素レベルを下方に向わせて、息を止めている時間を長くするものです。何回も深呼吸をして、体内の二酸化炭素を追い出すことを、ハイパーベンチレーションといいます。
何だ、こんな簡単なことで、スキンダイビングで潜っていられる時間が増えるなんて、いいじゃないか、と喜ばないでください。大きな落とし穴があります。
さて、ハイパーベンチレーションをしてスキンダイビングで潜っていきました。いつもより長く潜っていられそうだ、と実感します。その間、身体の中では酸素が消費され二酸化炭素が作られていますが、潜る前にからだの二酸化炭素を追い出してしまっているので、いつもなら、そろそろ水面に戻らなければいけないな、という時間が過ぎているにもかかわらず、まだ平気です。肺の酸素がどんどん無くなっているのに、呼吸中枢が指令を出す二酸化炭素分圧に達していません。「俺って、私って、こんなに潜れるんだ」と嬉しくなります。そしてやっと、息をしなさいと呼吸中枢からの指令が、苦しくなったという感覚で届いてきます。そして水面へと向います。
肺は風船のようなものですから、スキンダイビングで潜っていけば、肺の体積は小さくなり、水面に戻れば元の大きさになります。「気体の圧力と体積」のところを思い出してください。
浮上するにつれ肺の体積は元に戻っていきます。つまり潜っているときよりも肺の体積は大きくなっていきます。このことは、肺の中にある酸素の密度が下がることですから、大きくなった肺をまかないきれる酸素の力(肺胞酸素分圧と血中酸素分圧の差)があるか、はなはだ疑問で、まして酸素は使われてしまっているのですから、限りなくゼロなのかもしれません。この状態になれば、一瞬にしてブラックアウトに陥ります。
水の中でブラックアウトになったら、思っただけでもゾっとします。上の図は、二酸化炭素による呼吸中枢への刺激が、ハイパーベンチレーションによっての時間の遅れを示したものです。
ハイパーベンチレーションも、禁物です。
スキンダイビングによるブラックアウトは、ベテランに多いといわれます。二酸化炭素への順応が限界間近にきているかも知れませんし、そういう人が、ハイパーベンチレーションをすれば酸素欠乏になる可能性が更に高くなります。
(注3)
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スタンリー・マイルズ著(町田喜久雄訳) 「潜水医学入門」。
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(注4)
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お恥ずかしい話しですが、私もスクーバダイビング中に空気の供給が途切れ、これに似た状態に入り三途の川を渡るところまで行きました。幸い戻ることができたので、このあたりの恍惚感は知っています。
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