スノーケリングやダイビングをする者にとって、いちばん気になるのは波です。海に入るか入らないかを決めるのは、まず波を見てからです。波が砕けているときでも、スクーバダイバーが海に入っているのを見かけますが、スノーケリングやスキンダイビングでは、それにつられて海に入らないようすることが肝心です。(スクーバで深く潜ると、波の影響は叙々にうけなくなります。)
 スノーケリングとスキンダイビングは、海面に浮いている時間が長く、もろに波の影響を受けるからです。波に揺られていると、人によっては波酔い(船酔いと同じ症状)になることもあります。

 それよりも、スノーケリングやスキンダイビングを楽しむ海域は、浅場や景観のいい岩場が絶好なところですが、波はこのようなところでこそ牙をむいていますので、波が被っているときは、スノーケリングやスキンダイビングはお薦めできません。
 スクーバダイビングは水中に潜ってしまうので、この海の出入り(海に入ることをエントリー、出ることをエキジットといいます)のときに、波の力をかわすテクニックを身に付ければ、多少波のあるときでも潜ることはできます。

 スノーケリングをする人、スキンダイビングする人、スクーバダイビングをする人、はたまたそれ以外のマリンレジャーやマリンスポーツを楽しむ人々に対して、海は一様に力を加えます。この力を判断する、この力に対処する、ことはあくまで人間側の問題です。

 そのうえ、遠浅の海やすぐ深くなる海、広い海岸線の海や入り江が入り組んでいる海など、場所場所の海岸は同じではありませんので、その時その場所での判断や対処の仕方が要求されます。ですから一概に、「こうだ」、といえないのが苦しいところなのです。
 したがって、波のでき方や波変化のしかた、そして一般的な対処法などの解説にとどまってしまいますが、海況判断の際、これらを参考にしていただければ幸いです。

 もうお気づきかもしれませんが、スノーケリングはスノーケリングだけ、スキンダイビングはスキンダイビングだけということでなく、どちらの問題も共通し関連しあっている事柄ばかりです。
 海洋に関する一般的なスキルおよび知識は、すべてに共通する大切なところです。

 

波の発生と消滅

 海や湖の波は、そのほとんどが風によって起こります。静かな海面に風が吹き始めると、最初はさざ波が生じ(注1)、さらに、風が吹き続けると、次第に大きな波が現れるようになります(注2)。このように、その海域で吹いている風によって起こされた波を風浪といいます。風速に変化がなければ、波はどこまでも大きくなるわけではなく、その風速に応じたある一定の大きさになっていきます。

 このようにして発生し発達した波は、風の吹いていない海域にも伝わっていきます。波のうちでも周期の短い波は、水の粘性や逆風による抵抗で、急速にエネルギーを失います。長い周期をもった波は、ほとんど衰えないで数千キロメートルを伝わります。風の吹いている海域から離れて伝わっていく波や、風が止んだのちに残っている波をうねりといいます。

 風浪は、波長が短く、峰が尖っている波で、波頭がくだけたのが白波です。
 うねりは、峰が丸く、波長の長い波です。

 風浪やうねりが、海岸に近づくと、海底の影響を受けて波が変形しはじめます。水深が浅くなるにつれて、最初は波長がすこし長く、波高も低くなりますが、さらに浅いところにくると、波長は短く、波高は高くなって、波形は険しくなり、やがて砕けます(注3)。この砕け波が磯波です。波は、ここでエネルギーを失いますが、断末魔の叫びというか、磯波は大きな力(破壊力)を持っています。

 こうして風によって起きる波、風浪、うねり、磯波をまとめて波浪といっています。

 海に入る方法には、岸から入る、ダイビング船などのボートから入る、の二通りあり、前者をビーチダイビング、後者をボートダイビングといっています。どちらにしても通常、まず風と波で判断しています。特にビーチダイビングの場合は、この磯波が問題となります。つまり磯波を見て、ダイビングをするかしないか、するとすればどう対処するか、の判断が重要になります。
 整備されたダイビングスポットでは、そこでダイビングサービスを営む人々や漁業協同組合の人などが、事故防止のために海況を判断してくれていますが、あくまでも、「この海況は自分にとってどうか」で、自身の判断によります。

(注1):

表面張力:表面張力が主な復元力として働く水面波です。水深の深い水域の表面では、波長が1.7センチメートル以下の波がこれに当たります。

(注2):

重力が復元力としてはたらく波で、水深の深い水の表面では波長が1.7センチメートル以上の波がこれに当たります。いわゆる、波として見えるものがこれです。

(注3):

波は、波高の2倍の水深のところにきたときに、波は最大高さとなります。さらに、波高の1.3倍の水深のところに来ると、前にころぶように崩れていきます。沖で崩れている波があれば、そこは海中に没している岩(カクレ根)があることや、浅くなっているところ、というように知るこtができます。

 

砕波帯

 波は、上下運動をしながら水を伝わっていく(左図)だけで、水の移動はともなっていません。

 しかし、海岸で波を見ていると、波がせまり、砕け、水が岸をはい上がり、引いて、います。このように、波が砕けたときに、はじめて水の移動がおこります。波が砕けて岸に上がってくる波を打上げ波、それが引きかえすのを引き波、といっています。波が砕けて水が行ったり来たりしているところを、砕波帯(サーフゾーン)といいます。砕波帯は、白く泡立ち視界も悪く、水の動きも激しいのです。

ダイビングする者にとって、この打上げ波や引き波がやっかいなものなのです。波の大きさや海岸の地形などで、打上げ波や引き波の変化、強さが違うので、その時々の対処も違ってきますが、一般的なセオリーとしては、次のようなことです。

1.

ダイビングの装具(特に、マスク&スノーケル、フィン)は、左図のような砕波帯で付けたり脱いだりしない、砕波の影響のない安全なところで行ないます。

 例えば、砕波帯で、フィンを脱いだりして、引き波によって沖へ流されたら、推進力を得られないので、それこそ上がるまでに一苦労といったことにもなりかねません(注4)
 また、白く泡立っているところの水は、そこにいる人にとって「水でない」のです。つまり、空気が混ざっているので浮力も得られないのです。そんなところで、マスクやスノーケルまたレギュレーター(スクーバでの呼吸装置)をはずしたら、見えず、息もできず、といった状態になってしまうかもしれません。特に、スノーケリングやスキンダイビングでは、スノーケルが命なので、「このような水域は、水でもない、空気でもない」ということを覚えておいてください。
  

2.

波が小さくなるまで、じっくり待ち、引き波や寄せ波を利用してエントリー・エキジットを行います。

 海上の波は、複雑で一定の周期や速さのものだけが来ているのではありません。ふたつ以上の波は、互いに干渉して、峰と峰が合わされば大きくなり,峰と谷が合わされば小さくなります。この小さくなっとときが、エントリー、エキジットのタイミングです。
 じっくり待っていると、このときが来ます。といっても、海面が全く平坦になるわけではなく、その前後の波に比べて小さくなった程度のことです。出られそうな波が来たら、波の下に潜るようにして泳ぎ出ます。なぜかというと、波は下の方が力が弱いからです。次に引き波も手伝って、スッと海に出られます。波の正面に出ようとすると、押し戻され態勢を失ってしまうこともあります。

 海から上がるときの方が、入るときよりたいへんです。波が小さくなるまで、待つのは同じです。行けそうな波が来たら、その波の力を利用して、岸へと泳ぎます。岸へ着いたら、素早く砕波帯を抜け出なければなりませんが、利用した波が引き波となって戻りますから、それに引きずられないようにしっかり態勢を維持していることが肝心です。

 スクーバダイビングでは、水から出たとたん装具の重さが身体にのしかかってきますから、たやすいものではありません。そうこうしているうちに、次の波が来ますから、這いつくばってでも砕波帯から抜け出すことです。

 このようなときには、仲間どうしで協力しあうことが大切です。

 波が小さくなるまで待つといっても、うねりが入っている海岸には通用しません。風浪にしても、生身で海に入る私たちには、どうしたって限界があります。天気を見て、海を見て、波を見て、「無理」だと思ったら、いさぎよくやめることが肝心です。

 海の状況を、予測したり、判断したりすることは、経験によってつちかわれるものです。まして、ダイビングスポットのような局地的な天気や海況などは、気象庁でも海上保安庁でも分からないのです。その土地で長く暮らしている人や猟師さんの方が、はるかにいろいろなことを知っています。地元の人や漁師さんの言っていることを聞く、インストラクターや地元のインストラクター、ガイドについて潜り、その潜水体験と気象を重ね合わせみる、こういうことを積み重ねながら覚えていくしかありません。インターネットが発達して、いながらにして即時に現地の情報が入る時代になりましたが、海に行ったら、こんなことも試みてください。

(注4):

フィンをはいていないダイバーが、砕波帯の引き波で足をとられました。そこは急深な入り江で、アッという間に引きこまれてしまいました。フィンをはいていないので推進力は得られず、そのダイバーは帰ってくることができなかったという報告がありました。2000年のできごとでした。

 
波のない海域の探し方

 海に来ました。でも、海上から風が吹きこみ、海岸は磯波で白くにごり、岸壁の裾は水面が高くなったり低くなったりしていて、とても潜るどころの海ではありません。残念ながら帰りましょう、となるところですが、ちょっと待ってください。「東がだめなら西があるさ」、「西がだめなら東があるさ」、渡世人寅さんではないのですが、反対側の海に行ってみましょう。

 伊豆半島を例にとります。今、強い北東の風が吹いているとします。波は風によって起こりますから、遠い海上で生まれた波は伊豆半島東海岸(東伊豆)に向って進み、やがて東海岸にぶつかります。波が海岸にぶつかれば磯波となって、東伊豆はダイビング不可となります。波はここでおしまいになりますが、風は天城山脈を吹きぬけて西伊豆方面へと向います。

 西伊豆の海岸に立って駿河湾のぞむと、風はあたかも山から起きているようです。その風(離岸風)は、駿河湾に波を発生させますが、波は西へと進み遠ざかっていきます。波は西伊豆の海岸線から発生し、沖へ行き去ってしまうようにみえます。実際には、風が山肌をなめるように吹き降ろさないかぎり、海岸線から波が起こることはありませんが、理屈としてはこうなります。つまり、風下側の山陰げの海は、ダイビングは可能となります。移動時間に手間取らない半島や島だったら、反対側の海に行けば穏やかな海が広がっていることがあります。

 ここで、ひとつ留意しておくことがあります。波がないといっても風はあります。海面に浮いていると、知らず知らずに風によっておこされる吹送流という流れで、沖に出されていることがあります。エキジットするところと自分の位置を、常に確かめることを怠らないでください。

 風下側山陰は、このように大きくとらえることもできますが、いままさにエントリーしようとしているときでも、やはり穏やかな水域から入った方がいいに決まっています。あたりを見まわして、ちょっとした岩の陰、防波堤の陰げなどが、風下側山陰になっています。そこがエントリーもエキジットもしやすいところになります。

 

水中での波の影響 
波は、あたかも水が移動しているように見えますが、水の粒子は、そこで円運動しているだけなのです。波間に浮かぶ物が上下にゆらいで、移動しないのはこの現象によるものです。

 水の粒子は、水面のものがいちばん大きい円運動をし、その直径が波の高さとなります。しかし、その下、水深が深くなるにつれて円運動は小さくなります。 この水の粒子の運動は、波長の約半分の水深でなくなります。うねりのような波長の長い波は、深いところまで影響をおよぼしますから、うねりの海は危険なのです。

 波長10mの波は、水深5mでこの運動はなくなりますが、それより浅い水深域では、この水の粒子の運動の影響を受けることになります。

 海底の水深が浅くなると、円運動をする水の粒子は海底のあたり、円軌道がつぶされて楕円軌道になり、振り子のように水が前後に大きく振れます。この状態を底揺れといいます。

 底揺れは、海底の砂も舞い、海草も揺れ、波の進行方向に泳いでいれば、進んだと思いきや戻される、波の進行方向と角度をとって泳いでいれば、左右に振られる、といった状況です。
 しかし、これも味方にすることができます。むろん、スクーバダイビングのときの話しですが、押されるときは波まかせ、戻されるときは岩につかまったり、フィンを強くあおいで、その場にとどまり、次の押しでまた進む、こんな具合で岸に帰るも方法です。

 のれんに腕押し、といった言葉があります。水中は支点が定まらない、まさに「のれんに腕押し」の世界ですから、このような水の力を逆に利用することを体得するように心掛けてください。