救援救助

一般的な溺者の状態

レスキューの基本的な方法

基本動作

意識のある溺者
(ダイバー)

溺者への接近

溺者の確保

溺者を連れ戻す

溺者を岸あるいは
船上にあげる

意識がない溺水者
(ダイバー)

溺水者を探す

溺水者を
引き上げる

急速換気

溺水者の曳航

岸あるいは船上への
引き上げ

水面で意識のない人
(ダイバー)

酸素

海の「もしも」は118番

筆者から

 

 前項では、ダイビング中とりわけバディがトラブルを起こしたときの支援や救助でしたが、この項は、溺れているダイバーを発見したあるいは救助を要請されたというライフセーバー的救助活動と、行方不明になったダイバーの捜索などのケースです。本題に入る前に、一般的な溺者の状態やレスキューの基本動作について述べておきます。

【一般的な溺者の状態】

 人が溺れたときの一般的な状態をあげておきます。
    

@

疲労・パニック・水を飲んだ場合は、水面でもがつくことが多い。

A

胃けいれんは、手足のけいれんより水没が早い場合が多い。

B

心臓麻痺(気管内吸水によるものも含む)、脳貧(出)血、錐体内出血等は、救助を求めるひまもなく水没することが多い。

【レスキューの基本的な方法】

 レスキューの基本的な方法は次の通りですが、溺者の状況や海況によって適切な方法を選択します。
 溺者を発見したら溺者から眼を離さないで、協力者を得たり、救助方法を決めたり、素早く救助体制を整えます。一般的には以下のような方法があります。
    

1.

岸あるいは船から、ものを投げる(浮き輪・救命具等)。

2.

救助艇を出す。

3.

泳いで救助にむかう。

 3の泳いで救助に向かうが、いわゆるライフセーバー的活動にあたりレスキューの本筋のところです。ダイバーはウエットスーツや三点セットで泳力を補強され、BCDのような補助具を身近においていますから、その分レスキュー活動がしやすいといえます。しかし、くれぐれも二重遭難を起こさないようにしなければなりません。

【基本動作】

 @ 溺者への接近(余力を残す)
 A 溺者の浮力確保
 B 意識のない溺水者へ、水面での急速換気および人口呼吸
 C 溺者曳航
 D 岸あるいは船上への引き上げ
 E 陸上あるいは船上での救命措置および救急救命機関への搬送

 この基本動作を念頭に、参考までにいくつかの事例をあげます。

 

【意識のある溺者(ダイバー)】

[溺者への接近]

 三点セットを装着しフィンワークにかき手を併用すると早く到達することができます。いつ水没するかも知れないので、溺者から眼を離さないことが肝要です。
    

溺者の状況

救助者

1.

ウエットスーツを着ないで、スノーケリングやスキンダイビングをしている人が溺れている(もがついている。救助を求めている)。

BCDなどの浮力を得られる補助具を携行する。
溺者に励ましの声をかけながら近づく。

2.

ウエットスーツを着用して、スノーケリングやスキンダイビングをしている人が溺れている(もがついている。救助を求めている)。

BCDなどの浮力を得られる補助具を携行する。
溺者に励ましの言葉やウエートを捨てるよう声をかける。

3.

スクーバダイバーが、溺れている(もがついている。救助を求めている)。

単なるBCへの送気忘れか、水面下で何かあってのパニックか、急浮上による肺の過膨張の障害を起こしているのか、溺れた原因を突き止めるためにも素早く接近する。溺者に励ましの言葉やBCへの送気・ウエートを捨てるよう声をかける。

[溺者の確保]

 もがき暴れている溺者は救助者にからみ付き、救助の妨げになったり救助者を危険に陥れたりすることもあるので、溺者の確保は最も重要なところです。
 まず、浮力を与えることで溺者の状況がいっぺんに改善することがあります。例えば、表1にあるような溺者に対しては、次のようにして浮力を確保します。

  • 1の場合……BCDなどの浮力を得られる補助具などをつかませる。

  • 2の場合……BCDなどの浮力を得られる補助具などをつかませる。ウエートを外してやる。
  • 3の場合……溺者のBCDを膨らませる。ウエートを外してやる。BCDなどの浮力を得られる補助具などをつかませる。

 しかし場合によっては、溺者はもがき暴れているだけということもありますので、救助者は溺者を確保してこれを鎮めなければなりません。溺者の確保はの次の方法によります。

  1. 後ろから近づいてあごをとる。

  2. 潜って足をとる。
  3. 手をとる。

 確保してからは、溺者が暴れてもはなさない、溺者を沈めない、ことがポイントとなります。

[溺者を連れ戻す]

 意識のある溺者を連れ戻すことは、それほどむずかしくはありません。

溺者が泳げる場合

スノーケリングの人・
スキンダイバー

BCDなどの浮力を得られる補助具につかまらせる、あるいはBCDを着せるなどして一緒に泳ぐ。

スクーバダイバー

溺者のBCDの浮力を得て一緒に泳ぐ。泳ぎやすくするためウエートを外してやることもある。タンクに空気が残っていたら、レギュレーター呼吸を維持する

疲労などで溺者が
泳げない場合

スノーケリングの人・
スキンダイバー

溺者を仰向けにして曳航する。溺者の顔が水につかったりしないように注意します(曳航の原則です)。BDCを着せることも有効な手段です。

スクーバダイバー

溺者のBCDの浮力を得て仰向けのし、BCDの上部を持って引いたり、足を押して運ぶ。泳ぎやすくするためウエートを外すのも有効である。また、溺者の状況によって外気を直接呼吸させたり、レギュレーター呼吸をさせたり、臨機応変に対応する。

[溺者を岸あるいは船上にあげる]

溺者が自力で
あがれる場合

安全と思われるところに来たら、アシストしてフィンなどを外す、はずさせる。水域から完全にあがるまでアシストする。また、周辺の人にもアシストを要請する。

溺者が自力で
あがれない場合

安全と思われるところに来たら、意識不明者を引き上げる方法にて行う。また、周辺の人に引き上げる手助けを要請する。
 

【意識がない溺水者(ダイバー)】

 溺水は一般的に水中に全身が沈んだ状態で発生しますから、溺水者は呼吸が停止し意識がないとみるのが順当で、いち早く溺水者を探し水面まで引き上げるといった行動が先に加わります。

[溺水者を探す]

 水中での捜索は、深さ・海底地形・透明(透視)度・流れなどによって難易度が異なってきます。もし、行方不明者のバディから遭難地点など情報を得られれば捜索範囲をある程度絞り込むことができるでしょうが、バディとも行方不明になったり単独ダイバーであったりすれば捜索範囲も広がり困難な捜索となるでしょう。

 溺水者の捜索といっても、私たち一般ダイバーができることは事故直後の初動的な捜索です。なぜなら、

  • ダイバーの有利なところは、ダイバーならダイビングのスタンバイができていて、すぐに対応可能な状態にあること。

  • また不利な点は、ダイバーは潜水時間の制約を受けます(捜索に供する潜水時間がどのくらいあるか)。

 という条件にあるからです。どれほど多くのダイバーが捜索に参加しても、それぞれの「持ち時間」の範囲で発見されなければ、後は地元の協力を得て捜索隊を編成したりすることになります。

 水中でものを探すときのセオリーは、「深場から浅場に向かって」、「沖から岸に向かって」がセオリーです。そしてある幅の範囲を行ったり来たりしながら、浅場に向かうあるいは岸に向かうといった方法です。透明度のいいときは、水底から離れ俯瞰するようにすると視野が広がります。

[溺水者を引き上げる]

 溺水者がどのような原因で沈んだか不明ですが、溺水者を発見したらいち早く水面まで引き上げますが、浮上は救助者の浮上速度に準じます。

 溺水者がスクーバダイバーの場合、肺の過膨張による障害が懸念されますが、溺水者を立位姿勢にして上げれば自然に排気するといわれますので、あまり心配しなくてもよいとされています。溺水者がレギュレーターをくわえていても、外していても、それぞれの状態を保持して引き上げます。

 引き上げを容易にするために浮力を得ます。状況に応じて、溺水者のあるいは溺水者と救助者のウエートを外したり、BCDへの送気をしたりします。逆にあまり浮力が付きすぎると浮上速度が速くなるので、BCDの排気をしたり、またはフレアリング姿勢(注1)をとったりして急浮上を抑えます。

[急速換気]

 溺水者を水面まで引き上げたら、急速換気を行います。これで溺水者が息を吹き返さなかったら、人口呼吸をほどこしながら曳航します。

[溺水者の曳航]

 溺水者がスノーケリングの人やスキンダイバーであれば、浮力を確保して5秒に1回の割合で人口呼吸をほどこしながら曳航します。

 溺水者がスクーバダイバーだと溺水者のタンク(レギュレーターも含む)が曳航の妨げになるときがあります。このようなときは、BCDは溺水者に残しタンクを外しますが、BCDによってタンクを固定する方法(ベルト1本で固定している、ベルト2本で固定している、締め具がハーネス側に隠れているなど、種々ある)がさまざまあるので、とっさに見極めて最良な方法をとらなければなりません。

 ここで忘れてはならないことは、5秒に1回の割合で人口呼吸をほどこしながら、曳航しながら、タンク(レギュレーターも含む)を外さなければならない点です。人口呼吸の合間の5秒を利用してひとつづつ順序よくおこないます。例えば、
   

・吹き込み1回

・次の吹き込みまでの5秒間に、インフレーター部から中圧ホースを外す。

・吹き込み1回

・次の吹き込みまでの5秒間に、タンクベルトをゆるめる。

・吹き込み1回

・次の吹き込みまでの5秒間に、タンク(レギュレーターも含む)を離脱させる。

・吹き込み1回

    :

    :

というようにします。

 こんなときは

 人工呼吸をした際、一般には胸が上がる(膨らむ)ことで空気が入っているかどうか確認しますが、水の中では確しづらいです。溺水者に人工呼吸をして、抵抗感があったり頬が膨らむだけだったりしていれば空気は入っていません。

 水中では蘇生法では、背部叩打法や上腹部圧迫法(ハイムリック法)もできません。このようなときは、いち早く岸やボートに上げて人工呼吸や心肺蘇生をすることになるでしょう。

[岸あるいは船上への引き上げ]

 浅瀬についたら、溺水者を陸にあげる準備をします。準備は救助者自身の器材の脱装ですが、溺水者の呼吸が回復していなければ、人工呼吸の間の5秒間にひとつづつ順序よくおこないます。

 波のあるときの浅瀬は、ただでさえエントリー・エキジットがしにくいところです。溺水者も救助者も波に叩きつけられることも充分あるので、注意深く素早い行動が求められます。

 溺水者を岸にあげ運搬するには、次の方法があります。

  • 消防士の運び方(fireman's carry)………肩に乗せる。一人で比較的長距離を運ぶのに向いている。

  • 腰に乗せる(saddle back carry)…………腰に乗せ、両腕で支えながら運ぶ。比較的体力のないものが運ぶのに適している。

  • 背中に乗せる(pack strap carry)………身体の小さい者はおんぶ。身体の大きい者は両腕を胸の前で保持して運ぶ。

 岸に誰もいなっかたら一人で何もかもしなければなりませんが、岸に人がいれば応援をたのみます。溺水者を運んでくる救助者をみれば、人は本能的に支援の手を差し伸べてくれるでしょう。岸にいる人は、担架あるいはそれに変わるものを用意すれば、引き上げや運搬は容易になりますが、このようなものが入手できないときは、溺水者の胴を両サイドから二人で抱きかかえ、もう一人は脚を持つ、三人で運ぶ方法が一般に採用されます。

 溺水者を陸にあげたら、真っ先に、呼吸停止だけか、心臓停止していないかを見極めます。いずれにせよ蘇生術を実施しますが、平行して溺水者のウエットスーツを脱がす、身体をふく、救急車を手配する、など手分けして進めます。

 ボートは、プラットホームのあるダイビング専用船、漁船、和船などのタイプがありますが、船長、テンダー、ダイバーの協力を得て、最もよい方法であげます。引き上げ後は、真っ先に、呼吸停止だけか、心臓停止していないかを見極め、蘇生術を実施します。

(注1)

浮上中、水面に対して仰向けになって、進行方向に対する抵抗面積を増やす姿勢です。

 

【水面で意識のない人(ダイバー)】

 充分な浮力があるにもかかわらず水面で意識を失った人を発見したら、いち早く接近して先の急速換気、曳航の手順にしたがいます。しかし、エアーエンボリズムを起こし、口から泡の混ざった血を吐いているときは、酸素を与えることが最も有効な手段ですから、それが実施できるところへ搬送することが肝要です。


【酸素】

 減圧症、エアーエンボリズム、溺水など緊急の際には酸素吸入が有効ですが、日本では酸素は医薬品扱いですから一般人は使用できません。しかし、人命を救うという立場からDAN・JAPAN(Divers Alert Network Japan)では応急処置としての酸素供給法の普及に努めています。酸素供給には幾多のルールがあるにで、多くの指導機関でもこれに基づいた酸素供給法の講習会を開いています。

 

海の「もしも」は118

 海上保安庁では、海上ににおける事件・事故の緊急通報用電話番号として、警察の110番や消防の119番のように覚えやすい局番なしの電話番号「118番」の運用を2000年5月より開始しています。海上保安庁では、次のような場合に通報してください。
 

海難人身事故に遭遇した、または目撃した。

油の排出等を発見した。

不審船を発見した。

密航・密輸事犯等の情報を得た。

などです。

以上の場合において、「いつ」、「どこで」、「なにがあった」などを、簡潔に落ち着いて通報してください。

加入電話・公衆電話・携帯電話・PHS・船舶電話などか利用できます。

 以上、海上保安庁のホームページからですが、広く一般に呼びかけています。ダイバーとしては、日常生活での110や119と同様に、しっかり覚えておきましょう。

 

筆者から】

 私は、40年近くダイビングまたダイビング指導に携わってきましたが、仲間や他のダイバーの事故に現場で直接遭遇したことはなく、溺水者の救助にあたったことはありません(注2)。しかし、ダイビングをはじめる前は、かなりハードな登山をしていました。登山では仲間や他の登山者の遭難で捜索・救助・遺体収容の経験は相当数あります。
 ここで経験したことは、事故や救助現場は悲惨なもので、ときには人間性をも打ち砕かれる状況にもなります。救難救助は肉体的にも精神的にも重圧を受ける行為ですから、まずひとり一人が注意して事故なくダイビングを楽しむことが大切だと思います。

(注2)

自分が死にそうになったり、かなり切迫した状況になったことはあります。