高所潜水

 1975年高所潜水での減圧表の修正法を得るために、北アルプス立山みくりが池で実験をしました。
ダイビングコンピューターが発達した今からすれば、ずいぶん滑稽なことをしたものだと思いますが、当時の国内潜水事情としては新規性があったといえます。

【実験方針】

 標高が高くなると気圧は低くなるので、標高の高い湖での圧力は、水の厚さからみれば海よりも浅くなるはずです。また、窒素が体内に溶解する時間は、圧力傾度力が大きくなるので速まるはずです。ということは、水深計表示も減圧表深度も、絶対圧力(海面1気圧)を基準としたそれとは異なってきます。

基準となる水面圧力が変わるのですから、机上の計算で水深や減圧表深度は求められますが、その変化を実際に確かめるために、減圧症になることはできませんから、「気体の体積が半分(湖面気圧が倍)になる水の厚さとしての水深を確認すること」を結論にしました。道具は、毛細管式水深計とブルドン管式水深計、それと目盛りを刻んだロープやフロートだけです。

[みくりが池のデータ]
成因 湖面高度
(m)
湖面気圧
(mmHg)
湖岸線
(km)
面積
(km2)
最大深度
(m)
氷堆積堰止 2,410 579(実測i値) 0.4 0.01 14.5

【机上の計算】

 当時の航空医学資料から、みくりが池の湖面高度に最も近い2438mの気圧564mmHgの気圧で計算を試みました。

〔Dライン〕

 高所では湖面にかかる大気の圧力は海面の圧力より小さいので、海面気圧760mmHgは湖中に沈みます。これをDラインと名付けました。その水深(水の厚さ)は2.6mになります。実際のみくりが池では2.5mになります。

 D=((760(mmHg)−564(mmHg))/760(mmHg))×10.3=2.6(m)

〔2Sライン〕

 海では水深10mで圧力は2倍になりますが、この高さでは圧力が2倍になる水深(水の厚さ)は7.6mになります。これを2Sラインと名付けました。実際のみくりが池では7.8mになります。

 2S=((564(mmHg)×2−564(mmHg))/760(mmHg))×10.3=7.6(m)

〔減圧表からみたみくりが池はこうなる〕

  Dライン(
水深)
2Sライン
(水深)
3m減圧点
(水深)
水深15mの
減圧表深度
0m 10m 3m 15m
みくりが池 2.6m 7.6m 2.8m 21m

〔簡便計算法〕

 実験でDラインと2Sラインの存在を確かめることができました。航空資料と実際の気圧計測から修正法の計算式を求めることができましたが、計算をしているうちに気づいたことがあります。

 ホールデンの2:1の定律より、仮にみくりが池の湖面気圧579mmHgを1atmとすると、その圧力が2倍になる実際の深度は7.8mです。これは減圧表深度10.5mに相当し、減圧表の2段階深いところを意味しています。
 すなわち、みくりが池最深部は14.5m(減圧表深度15m)では、2段階深い21mところを採用すればいいことになります


 航空資料 高度気圧表を参考に計算してください。

 

〔高所潜水の留意点〕

 最後に高所潜水に関する留意点をいくつかあげておきます

@

ダイビングにおける高所の概念
⇒多くの指導団体では標高300m以上を高所潜水の領域としていますが、高所補正機能のあるダイビングコンピューターは標高900〜1000mで補正開始をするものが多いので、ダイビングにおける高所の概念はまちまちである。

A

高所潜水は、現地気圧帯に入ってから、少なくとも12時間以上経過してから行う。
⇒組織窒素ガス圧を環境圧に平衡させるためで、高所移動後すぐに潜水を開始することは、移動前の組織窒素ガス圧を残留窒素として修正する必要がある。この修正時間を求めるのはたいへん面倒である。

B

水深計やダイビングコンピューターの水深は、水の厚さとしても水深を表していない。
⇒水深計の作動は、「圧力における気体の体積変化(ボイルの法則)」を利用しているからです。水の厚さとして実質水深は、メジャーによらなければならない。

C

湖面とDラインの水深幅は何を意味するか。
⇒高度が高くなればなるほど湖面とDラインの幅は広がり、ダイバーの浮上が従来通りであったとすると、湖面では急激に低圧酸素帯にはいることになり急な高山病の発現が懸念される。