身体と水温

【低体温症】

 夏、炎天下の海水浴でも、海に入っていると寒くなったり震えたりした経験のある方もいると思います。この訳は、水は空気よりも約25倍もの速さで熱を伝えるからです。体温が奪われて、身体機能が低下することを、低体温症(ハイポサーミア)といいます。大人と子供、男性と女性、太った人と痩せた人、寒さに強い人と弱い人など、人さまざまで、寒さ冷たさに耐える時間は異なります。経験からの話しで恐縮ですが25度位の海水温でも、裸なら30分も過ぎれば寒くなってしまいます。統計によると、南の海でも海水温が30度を越える所は稀です。体温調節に欠かせない放熱は、90〜95%体表面から行なわれるので、体内温度36度との間には6度以上の温度差があり、いくら南の海でも長時間入っていれば寒くなります。

 体温とは直腸温度のことで、摂氏37度が正常です。この体温が上がっても下がっても、人は正常に活動できません。体温は、代謝による熱生産と、熱放散によって調節されています。低体温症は、この直腸温度が35度以下になっていくことで、筋肉では震えから硬直さらに痙攣、脳では思考力や判断力低下から眠気、血管では収縮、心臓では心拍数の減少など、時間の経過とともに全身機能を低下させていきます。

 

直腸温度(℃)

症状の例

36〜35

止められる震えから止められない震え。呼吸数の増加。

35〜34

思考力や判断力や運動機能の低下。

34〜33

知覚および運動障害。

33以下

危険な状態。もうろうとした意識、痛みに反応しない、意識がなくなり死にいたる。

 
 このように寒さは怖いものですから、まず寒さを防ぐことが大事です。そこで、ウエットスーツやドライスーツなどの潜水服が必要になります(スキンダイビングでは、ドライスーツは不向きです)。潜水服を着れば、海に入っていられる時間は伸び、冬の海、冷たい海や湖など、季節的地理的にダイビング活動の範囲も飛躍的に広がります。また、不幸にも海流や潮流に流され、救助を待つ間の体温喪失を免れることもできます。

 先に、放熱の大半は身体の表面で行なわれているとしましたが、その中でも頭部からの放熱が一番大きいのです。寒いところ冷たいところに行くと手や足が真っ先に冷たくなります。これは、手足の血管が収縮して血流量が減るためですが、頭の血管は収縮しにくいので血流量は、それほど減らないという理由によるものです。ちょっと冷たい水だな、と感じたなら躊躇なくフードを着けることです。

 

【寒さから身を守る】

 まず最初は、ウエットスーツ、フード、ブーツ、グローブを着け外界への放熱を防ぐことでした。しかし、そうしてもいずれ身体は冷えてきます。いくらダイバーでも、震えがきて更に動けなくなるまで、自らの意思で海に入っている人はいないと思います。誰でも寒くなれば、その場から避難するので、ダイビング活動中で重篤な低体温症にはならないと思いますが、寒いと感じたら、震えがきたら、それは低体温症のシグナルですから、海中世界に後ろ髪を引かれようとも、海から上がることが大切です。  寒いとせっかくのダイビングも印象が悪くなります。潜水服で外側を守るのも大事ですが、内からの熱生産や体温の温存ということも考えておきましょう。

 お腹が空いていたり疲れていたりすれば、速く寒くなることは日常生活で誰しもが経験したと想います。潜るからといって食事を制限する人もいますが、自動車に燃料を補給しないようなものですので、これはよくありません。運動する前には、すぐにエネルギーになる炭水化物(米飯など糖質食品)が有効といわれます。しっかり食事をとることが、快適なダイビングをするひとつの要素です。

 また、浜辺で寒風にさらされたり、夏や南の暖かい海でも船に乗って風にあたっていると体温はみるみる奪われます。特に、海から出た後のウエットスーツは気化熱によって激しく体温を奪いますから、防風衣を着るなり、乾いたものに着替えるなりしてください。体温の温存を怠るとけっこう消耗して、ダイビング中に急に寒くなることがあります。

 海や湖の水温は、水面から底まで同じ温度ということはなく、深くなれば下がっていきます。特に夏場は、水面と水中の温度の差が大きくなります。水面および水面からちょっと下がったところは、日射によって温かく泳ぐには快適な水温でも、潜って行くと急激に水温が低くなる境目(サーモクライン)があります。冷水をいきなり浴びせられたことと同じで、ショックを起こすことがあります。

 ダイビングでは、ウエットスーツやドライスーツの着用を励行してください。   

 
【ざつがく事典】

 女性は男性よりも耐寒性があります。これが日本に海女を成立させたといわれます。
 月別平均海水温度をみると、8月における水温25℃の線は、太平洋岸では房総半島、伊豆半島の南端を通ります。日本海岸では山形県南部よりはじまり、日本海を西南西に横断し、朝鮮半島南部をかすめ、済州島を通り、黄海を北上します。
 この水温25℃の上、または付近に、いわゆる「海女どころ」のすべてが存在します。
 房総、伊豆、志摩、新潟の海岸、舳倉島、越前岬、袖志、大浦、鐘崎などがそうです。特にその西端にある韓国の済州島には、きわめて多数の海女がいます。
 この線より、南にいくと、やがて海士がとってかわります。その移行地帯である多部や、大分県佐賀関には、海女・海士が共存します。また、対馬は、浦によって、海士あるいは海女部落があります。
 九州南部はもっぱら海女であり、さらに沖縄の糸満はすぐれた漁師が多いです。


                       (香原志勢著:人類生物学入門:中公新書)