海流

 伊豆半島周辺の海では、秋から冬にかけて、黒潮に乗ってはるか南の海からやって来た魚たち(注1)を見ることができます。また、南の海で遭難した漁船が千葉県沖で発見されたり、伊豆半島南端のダイビングスポットで潜っていたダイバーがやはり千葉県沖で救助されたりしたことがありましたが、これも黒潮に流されたものです。黒潮は、アメリカ東岸を北上する北大西洋のガルフストリームと並ぶ世界二大海流の一つです。

 さて海流はというと、地球の自転や太陽熱の影響によって、長時間にわたってある一定の方向性を持って流れ、一定の時間が経つと、また元のところ戻ってくるという規模の大きい海洋大循環に名前を付けたものです。

 黒潮は、低緯度から高緯度に向かって流れる暖流を中心とした亜熱帯循環流です。また、親潮は、高緯度から低緯度に向かって流れる寒流を中心とした亜寒帯循環流で、北大西洋のラブラドル海西部を南下するラブラドル海流や、南大西洋のアルゼンチン沖を北上するフォークランド海流に対応します。

 本講座の最初に、日本は海の特等席にある、といいましたが、日本の美しい自然を作り出しているひとつの要因である日本列島周辺の海流は、黒潮・親潮・対馬暖流です。

(注1):

死滅回遊魚とは、伊豆半島海域へ黒潮の乗ってきた南海の魚。冬は越せないで死んでしまう。定義はなくダイビング特有の表現です。

 

【黒潮】

 北赤道海流は、フィリピンミンダナオ島付近(注2)でふたつに分かれ、ひとつの分岐は北上して黒潮に連なり、もうひとつはミンダナオ海流となり、赤道反流に連なります。

 黒潮は、台湾の東方から北上して東シナ海にはいり、琉球西方から奄美大島と九州の間のトカラ水道、大隈海峡を通って太平洋にでて、日向・土佐・紀州沖から伊豆沖、八丈・青ヶ島間を通り、房総沖を北東ないし東に進みます。日本の東岸を離れた黒潮は、大きく南北に蛇行しながら東経160度あたりまで、相当の急流をなし黒潮続流(注3)と呼ばれます。それより東方へは、流速を減じ流幅を増し北太平洋海流となります。

 黒潮は、南方から暖水系のマグロ、カツオを日本近海にもたらすほか、夏の高温多湿などの日本の気候にも多くの影響を及ぼしています。また、南方からの文明の渡来にも大きく貢献したと考えられています。

 (黒潮のデータ)

流幅

100海里以下

流速

台湾沖〜薩摩沖

1〜2kt

薩南〜房総沖

2〜3kt(最大4〜5kt・流幅27海里)

圧さ

最大

600m 

平均

400m

流量

2700〜6300万t/sec

熱量

38×1010kg・cal/sec 

塩分

34.5〜35PSAL

流軸付近の
海面水温

東シナ海

夏28℃(冬21℃)内外

遠州灘沖

夏27℃(冬18℃)内外 

 

海里
〔nautical mile;
sea mile〕

海上距離・航海距離の単位。もと子午線の緯度一分に相当する距離。1929年、国際海里協定で1852メートルと制定。

ノット

船舶・海流などの速さの単位。1時間に1海里(1852メートル)進む速度をいう。記号は knまたは kt。

PSAL

「実用塩分1978」と呼ばれ、単位はない。塩分とは海水1kg中に含まれる固形物質をgで表したものに相当する。


(注2):

黒潮の源流域といわれる。

(注3): この続流部では蛇行の北上部が本流から切り離され、暖水塊となり、三陸沖に定着する現象が、年に1〜2回観測されます。
 

 【親潮】

 別の名を千島海流といい北太平洋の代表的な寒流です。ベーリング海に端を発し、カムチャツカ半島、千島列島の沖を南西に流れ、北海道近海を経て、北緯40〜37度付近まで達します。この間、オホーツク海の南部から太平洋に流出する冷水も取り込んでいます。

 親潮は北海道近海から、本州沿岸を南下する接岸分枝、東経145度付近を南西に延びる沖合い分枝、東経150度以東にみられる親潮反流の三つに分かれ、このうち接岸分枝や沖合い分枝の一部は親潮潜流として、親潮と黒潮の間の混合水域の中層に潜り込み、親潮反流は東に流れ亜寒帯海流に接続します。

(親潮のデータ)

流速

0.3〜1kt

流量

1500万t/sec

塩分

33.5PSAL

水温

海面水温

1℃〜20℃

深さ100〜150

夏27℃(冬18℃)内外

 親潮は、プランクトンや海藻の生育に必要な栄養塩に富み多くの有用水産物を生み出し、流域は世界有数の漁場となっています。特に、黒潮とぶつかる極前線(注4)といわれる潮境は、クジラ、サンマ、マグロ、カツオ、サケ、マスなどの好漁場となっています。

(注4):

親潮前線、亜寒帯収束線ともいう。

 

 【対馬暖流】

 対馬暖流は、奄美大島西方で黒潮から分かれ、五島西方から対馬海峡を通って日本海に流入する海流です。本州沿岸を北上し、津軽海峡から太平洋側へ津軽暖流を分け、宗谷海峡からオホーツク海に宗谷暖流を分け、主流は樺太西沖で終わって沈降します日本海北部にはリマン海流などの寒流が南西・南下していてそれとぶつかり潮境を形成しています。

【ダイバーにとっての海流は】

 よく「潮に流された」と聞きますが、ダイバーが遭遇する海の流れは、海流そのものでなく、海流や潮汐の影響を受けた潮流です。その潮流に乗って海流に入ってしまうと、遠くまで流されることになります。

 それよりも海流は、陸と海との季節感のずれ、水温や透明度など、ダイバーにとっての海中のコンディションへ影響をおよぼします。海流は、大きく見れば一定方向・一定流量というように一定を保っていますが、部分部分の流れ方は、年ごとに違い、季節によっても違ってきます。やはり、黒潮が接近した年や時期は、暖かく透明度もいいダイバーにとって嬉しい年や季節になります。

 

【ざつがく事典】

 黒潮は、黒っぽく見えるほど澄んだ濃藍の急流で、昔の人は黒瀬川と呼んだのがこの名の由来です。真潮(ましお)。本潮(ほんじお)。桔梗水(ききようみず)とも表現されます。

 母親が母乳で育てるように、親潮は栄養塩に富み溶存酸素も豊かで、漁族を繁殖させ海藻も繁茂させるので、この名がつきました。

 津軽暖流は、対馬暖流流量の約70%を流出します。このため、東北地方では、太平洋岸より日本海岸のほうが気候が温暖になります。