ディープダイビング(深い潜水)

ディープ(深さ)とは

窒素への順化

ディープダイビング実習

ディープダイビングの実際 もっと願望が強くなったら

 例えば、山を登っていたとします。前方に岩壁があって行く手を阻んでいます。そこで人は立ち止まり、「進むべきか、進まざるべきか」を考えます。山を高さ海を深さとしたとき、山にはこの例のように外側の障害物をはっきり認めることができますが、海の中にはありません。地に足がなく、水中に浮かび泳ぐ行動特性を持つダイバーは、たとえこのような障害物に出くわしたとしても、空飛ぶ鳥のように、いとも簡単に障害物をかわすことができます。

 つまり、水中は深みに行くことに対して、この例のような外側からの障害物はありませんから、あとさきを考えなければダイバーは、誘われるままに深みへと行ってしまうでしょう。これではこのダイバーは、二度と還ってくることはできませんし、還ってきたとしても身体に重大な障害をもつ結果になりかねません。水中に浮遊して泳ぐダイバーの行動には自由度がありますが、この誘惑に乗ってはいけません。

 ダイビングには圧力という最も大きな障害物が立ちはだかっています。圧力の直接的間接的作用は、身体の内なるところに作用し外から認めることはできません。特に、圧力の間接的作用は忍び寄る魔手のごときです。その魔手から身を守るのは、自身を抑制できる力、という内なるもので行動を制御しなければならないのです。

 もっと広く・もっと遠く・もっと高く・もっと深くなどの、もっと願望は人間特有の本質でしょう。ダイビングがうまくても、あり余る知識があっても、このもっと願望を抑制できる力がなくては宝の持ち腐れとなります。ダイビングは、「水中の行動であること、過大な圧力空間における行動であること」ですから、ダイバーには他にもまして自身の抑制力・制御力が求められています。

 スキンダイビングしろスクーバダイビングにしろ、ダイビングは時間に制約がある活動です。それは仕方のないことで、その制約された時間の中で、自己の楽しみを見つけ広げていくこともダイビングの魅力なのです。

 

ディープ(深さ)とは】

 ディープダイビングとは深さへの潜水ですが、「深さ」という定義がいまひとつはっきりしません。熱さ冷たさ、高さ低さ、深さ浅さなどは主観的なもので個人によって感じ方が違います。水深18mのダイビングが深い潜水という人がいれば、いや浅い潜水だという人もいます。

 おおかたの指導機関は、レクレーションダイビングでの水深限界を30m、ディープダイビング実習における実施水深を18mより深い水域、とすることを推奨してはいますが、定義としての深さは定めていません。つまり、深さは観念的なものと同時に、具体的にもダイバーのその日の体調や気持ちのありようで15mでも深く感じたり浅く感じたり変化するからです。

 圧力による諸問題は解明され、予防のための技術や減圧表・ダイビングコンピューターの運用など、総合的なスキルも開発されてきました。

 ここで、「ダイビングにおける深さ」というものを知るために、もう一度スクーバダイビングをハード・ソフト面から整理してみましょう。

@自給気式で空気を使うということ
 基礎編残圧計の項を思い出してください。空気消費量からみた潜水時間は次表のように水深によって変化します。

 例えば、一般的に使用される(注1)10リットルのタンクで、充てんされている圧力は200(kg/cm2)とします。
 このタンクに入っている空気の体積は、タンクの容積と充てん圧力の積で2000リットルです。
 セオリーとしては、残圧50kg/cm2)の空気は残すので、使用できる空気量は1500リットルです。
 大気圧下で、毎分20リットルの空気の消費(注2)とした場合、各水深の環境圧との積が、その深度の消費量になります。
 この条件では、空気消費量からみた潜水時間は、1500リットルを各水深の消費量で割った時間となります。 

水深
(m)

環境圧
(絶対圧力)

消費量
(リットル)

空気消費量からみた
潜水時間(分)

無減圧潜水限界時間
(分)

 0

1.0

 20

 75

 

 5

1.5

 30

 50

325

10

2.0

 40

 38

310

15

2.5

 50

 30

100

20

3.0

 60

 25

 50

25

3.5

 70

 21

 30

30

4.0

 80

 19

 25

35

4.5

 90

 17

 15

40

5.0

100

 15

 10

 この表に、無減圧潜水限界時間を無減圧潜水表(表2)から付けたしてみます。すなわち初回潜水においては、30mまでは無減圧潜水限界時間のほうが、空気消費量からみた潜水時間より長いので無減圧潜水が可能になります。「空気がなくなる」という、はっきりとしたシグナルなら、いやがおうでもダイバーは浮上します。指導機関がレクレーションダイビングの活動水深を30mと奨励するのも、どうやらこの辺に理由がありそうです。

A窒素酔い
 海の状況や体調によって、水深25mくらいから窒素酔いになることもありますが、一般的には窒素酔いの現れるのは水深30mくらいからといわれています。

B緊急スイミングアセント(フリーアセント)
 水中で空気が断ち切られたダイバーは、バディのオクトパスレギュレーターをもらう、バディブリージングで浮上する、予備タンクを持っている、などの方法で浮上します。もしこのようなバックアップ空気供給源が確保できなかったとすれば、緊急スイミングアセンで浮上することになります。

 それでは、どのくらいの深さなら息を吐きっぱなしで浮上できるかは、そのダイバーの技術や能力によるもので一概に何メートルだとはいえません。今から30年くらい前の話しになりますが、海上自衛隊の潜水艦乗組員は潜水艦が事故に遭ったとき、乗組員の潜水艦脱出訓練として、水深20mからの緊急スイミングアセントが実施されていました。潜水艦乗組員といえども元々は普通の人で、訓練によって身に付けるわけです(注3)。つまり、訓練すれば過酷ともいえる20mからの緊急スイミングアセントが可能ということになります。レクレーションダイバーが、水深20mからの緊急スイミングアセントの訓練を必要とするかしないかは別にして、深さを知るひとつの手がかりになります(注4)

Cレクレーションダイバーの最大深度は?
 米国海軍無限圧潜水表は、さらに水深45・48・51・54・57mが表記されています。

 45mの無限圧潜水限界時間は5分:反復記号C、48〜57mの無限圧潜水限界時間は5分:反復記号はDになっています。

 これらの深度での無限圧潜水限界時間5分が、レクレーションダイバーにとって果たしてどんな意味を持つか、はなはだ疑問になるところです。この立場からするとレクレーションダイバーが到達する深度は、無限圧潜水限界時間10分の水深42mが限界といってもいいでしょう(注5)。この意味から本サイトでは45〜57mの欄は割愛させていただきました。

 アメリカ海軍の無限圧潜水表2は、水深42mで終わっています。これは、自給気式空気潜水の限界を示唆し、この深さ以上は別な手立てを講じなければならないことを意味しています。

 これら@・A・B・Cを勘案し無減圧潜水表2の範囲でiいえば、レクレーションスクーバダイビングにおいては、

  1. 水深10mくらいまでは、比較的浅い潜水
  2. 水深10mを超え20mくらいまでは、中深度の潜水
  3. 水深20mを超え30mくらいまでは、深度潜水
  4. 水深30mを超え42mまでが、大深度潜水

といえます。これからすると、3および4がいわゆるディープダイビングの領域になるでしょう。ディープダイビングの領域は、水深にして20mもの開きがあり、水深20m近辺と水深40m付近では、水中の環境にしても圧力にしても、大きな隔たりがあるので水深20mを超えるダイビングは、それ相応の計画と慎重さにたって展開しなければならないといえます。

 この分類は、「深さ」を認識いただくためにした本講座独自のもので、誤解のないようにしてください。しかし、指導機関が推奨するレクレーションダイバーの深度限界30mという意味も大分わかってきます。

 比較的浅い潜水だから、中深度の潜水だから、といって安心ということはありません。ダイビングはあくまでもダイビングのセオリーにのっとって展開しなければなりません。

(注1)

日本でレクレーションダイバーに最も多く提供されるタンクです。欧米諸国では11リットルのアルミタンクが提供されますが、世界的にみても空気総量としては、2000〜2200リットルで、あまり差異はありません。

(注2)

人によって、潜水中の運動量によってちがいます。一概ではないことを明記しておいてください。

(注3)

この訓練はハワイで行っていたということです。今は潜水艦乗組員にも実施されていません。

(注4)

潜水艦乗組員にも実施されていないということは、この訓練に相当なリスクを伴うからでしょう。レクレーションダイバーは、信頼できるバディと潜り、互いにオクトパスレギュレーターを、相手のバックアップ空気供給源とすることが肝心です。そのほかに、4リットルくらいの予備タンク(ポニーボトル)を携行するのもひとつの方法です。

(注5)

おおかたの指導機関では、水深39mを推奨しています。

 

【窒素への順化】

 エアー切れを防ぐには、自分の空気消費量を知ったり、潜水中残圧計をみることによって防げます。減圧症も、減圧表やダイビングコンピューターに則ったダイビングをすれば、100%ではないですが防ぐことはできます。

 しかし、窒素酔いはこれらと違い客観的なバロメータとなるものはありません。しかし、人はある環境に居たり通ったりしていると、その環境にだんだん慣れてきます。高い山に登るときの高度順化に似たもので、ダイビンぐグも続けていると窒素にも慣れて窒素酔いに罹りにくくなる傾向にあります。

 スクーバダイバーやオープンウオーターダイバーの海洋実習は、水深12mを限度として行われているのが一般的です。晴れてこのCカードを手にしても、次のダイビングに行ったとき、いきなり水深30mに潜れば窒素酔いになるおそれは充分あります。

 はじめのうちは比較的浅い潜水を、そして中深度の潜水と、スキルの慣熟とともに時間をかけて窒素への順化も大切なことです。

 しばらくダイビングから遠ざかっていた人は窒素への順化も解けているので、やはり比較的浅い潜水からはじめ順化をやり直すように心がけてください。

 水中という条件だけで思考力や判断力を低下しています。これに窒素酔いが加わればダブルパンチです。人間は情報行動の動物ですから、思考力や判断力が鈍っていれば人間本来の力は発揮できなくなります。

 

【ディープダイビング実習】

 ディープダイビング実習の目的は、「減圧表やダイビングコンピューターに準じたダイビング計画と実施」が主題です。一例ですが、インストラクターは、受講生の理解度、慣熟度、クラス全体のレベル、海況など総合的に判断し、慣熟潜水や窒素への順化が主となれば中深度の水深で、模擬であれ減圧停止を含めた実習となればディープダイビングの領域水深で実施するでしょう。

 ダイビング計画の作成は、これからのダイビング活動の最も基本になるところですから、しっかりと学習することが大切です。例として、よく紹介される「深いほうの潜水を先に」をとりあげてもます。

[潜水計画例]

 水深15mに60分と水深30mに20分の潜水をするとします。この間の休息時間を2時間とします。

@深いほうの潜水を最初にすると、

水深30mに20分の反復記号は、表2から

2時間休息後の反復記号は、表3から

次回潜水15mの残留窒素時間は、表4から

29分

15mでの最大無減圧潜水時間は、表2から

100分

合計潜水時間=残留窒素時間+(実際)潜水時間

29分+60分=89分で無減圧潜水は可能


A浅いほうの潜水を最初にすると、

水深15mに60分の反復記号は、表2から

2時間休息後の反復記号は、表3から

次回潜水30mの残留窒素時間は、表4から

18分

30mでの最大無減圧潜水時間は、表2から

25分

合計潜水時間=残留窒素時間+(実際)潜水時間)

18分+20分=38分で無減圧潜水は不可能

表1より30m40分をみて

水深3mで15分の減圧停止が必要

となり、浅い潜水を先にすると、この例のように減圧停止をしなければならないこともあり、無限圧潜水時間内で潜るという主旨に反します。

 以上は減圧表を用いた例ですが、ダイビングコンピューターは「ダイブプラン表示機能」で、目指す深度の最大無減圧潜水時間をシュミレートしてくれます。

 どちらにしても、ダイビングの前に潜水時間を把握して潜ります。

 

【ディープダイビングの実際】

 レクレーションダイバーは無減圧潜水を旨とします。ダイビングの活動は、先に申し上げたように自己制御、つまり体調、ダイビング技術や知識、慣熟度、海況、バディのこと、支援体制や機材など、総合的な判断に基づいた計画と展開の方法(メソッド)を、自ら決定したうえで行わなければなりません。もちろん、足りないことがあればインストラクターやガイドの協力を仰ぐことも必要になってくるでしょう。

 ディープダイビングは、水面を離れたときから連続する深さの向こうにあって単独で存在しません。途中ダイビングをさまたげる要因に当ったら、ここが自己制御の発揮のしどころです。

 ものごとには、計画があって、実施され、結果があります。むろん無茶な計画や実施は、もとよりいけません。いい結果は、無理なく水中を堪能し、無事に還ってくることです。ダイビングも、いい意味での三拍子によって展開されなければなりません。

 ダイビングコンピューターは電池で作動しています。電池消耗警告機能があってもユーザーが電池を交換できるものは少なく、その場で電池交換というわけにはいきません。実際には潜水中に電池切れして、それで電池が消耗してたと気づく人が多いようです。そのとき水深や時間などが分からなくなりますから、バックアップとして常時アナログの水中時計や水深計を持っていたほうが得策です。  

 

【もっと願望が強くなったら】

 一般的なスクーバダイビングの深さや時間の領域を超えて、もっと深くもっと長く潜りたい、こんな願望が頭をもたげてきたらどうしましょう。こうなると、テクニカルダイビングという分野で、さらなる学習や実習が必要となります。それに補充機材や専門機材も必要になってきます。

 一例ですが、酸素・窒素の混合比率を代えたナイトロックス、酸素・窒素・ヘリウムを混合したトライミックスなどの呼吸ガスを使ったりします。ダブルタンクやバックアップ用のタンク・計器類・安全装具などを装備し、ダイバーも重装の格好となります。欧米ではかなり以前から研究実践され、沈没船探検、水中洞穴潜水などの探検的冒険的潜水に導入されています。専門の指導機関も設立され、系統だった教育がなされています。

 テクニカルダイビングは、よりシステマチックな潜水になりますから、指導者のもとでしっかり習い覚えることが大切です。日本でも専門の指導機関も設立され、ダイビング活動の領域を拡大しているダイバーもでてきています。